「野上彰ゆかりの地」標柱の建立 — 詩人と僧地をつなぐ道しるべ

僧地の秋の風景

令和5年6月12日、僧地に「野上彰ゆかりの地」と刻まれた標柱が建立されました。
オリンピック賛歌の訳詞で知られる詩人・野上彰の母方のルーツがこの地にあることを、未来へ伝えるためのものです。

標柱建立までの道のり

きっかけは令和2年1月、徳島新聞の朝刊一面に掲載された記事でした。地元住民が町の戸籍記録から野上彰の母方のつながりを発見し、調査が始まりました。
その後、ご遺族との交流が深まり、現地調査や万福寺での町史・過去帳の確認を重ね、令和4年にはご遺族の公演をきっかけに標柱設置の構想が具体化しました。

ヒノキの標柱に込めた想い

標柱はヒノキ製で、高さ約1.6メートル、幅約12センチ。
表には「野上彰ゆかりの地」、裏には「僧地は母方のルーツ」と刻まれています。建立式には地元住民のほか、ご遺族や野上彰の会の会員が出席し、詩人と僧地のつながりを改めて確認する日となりました。

小さな山里に静かに立つこの標柱は、僧地の歴史と文化を次の世代へ伝える大切な道しるべです。

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